2014年11月13日木曜日

「草原の風」 宮城谷昌光 著

 高祖劉邦が打ち立てた漢が王莽に乗っ取られ新王朝が樹立した時代に劉秀は前政権の皇族の末裔として生まれる。劉氏といっても履いて捨てるほどいる時代で、地方の衰退した豪族であり通常の世であれば地方の官につくのが精々といったところであったが、風雲の中、漢を再興し、後に後漢の光武帝と呼ばれる。中国で一度、滅んだ王朝を再興させた例は後漢のみ。
  序盤は学問のため上京するなど世の兆しは見えないが、序所に混沌とした世が顔をのぞかせる。その中で劉秀の知識や行動力など見た目の才能ももちろん注目に値するが、才能を相手に意識させない性根の快活さが一番魅力的です。小説を読み進めても、このカリスマ性なら天下を争う人材が集まってくるのも頷けます。三国時代でいえば、劉備の魅力と曹操の知識・行動力のいいとこどりのような人物です。
  中盤では苦境に立たされた試練を乗り越える精神的な粘りを見せ、それが結実し終盤にかけて河北の地を手にし、長安・洛陽周辺の有力者が潰し合う状況を悠々と望む状況になり、天下が届く位置に到達します。そうした際に数々の権力者が陥る権力への執着や高みに上ることによる盲目さが、劉秀に限ってはほとんど見られないことが驚きです。よほどの教養と周りへの気配りによってなされたものか、天性のものなのか、そういった意味で領土の拡大などの覇を唱える面で目立たないため地味に見えますが、その内容は徳により天下を修めるという王道を実現した中国皇帝の中でも数少ない名君といえます。
  ただ、小説的には終盤に説明書きが多く感情移入しにくい点が残念でした。

  「草原の風」 宮城谷昌光 著

☆☆☆☆

2014年2月7日金曜日

NHK大河ドラマ「八重の桜(後半)」

 戊辰戦争が終結し、時代は明治、兄の覚馬を頼り舞台は京都へ。相変わらず兄の出番が多く八重の印象は薄いままですが、夫となる新島襄なども登場し、女性の社会的地位も徐々に向上しはじめることで八重の活躍の場も少しずつ増えていきます。また、ストーリーとは別に江戸時代から明治に変わり人々の意識や考え方が徐々に変化していく様子や、熊本バンドに代表されるような高い理想に向かって邁進する若者の姿など明治という時代を庶民目線で捉えており、自分にとってもあまり知らないことが多く非常に興味深く楽しめた部分です。しかしながら、肝心のストーリーは終盤に来て八重の活躍は驚かされるものがありましたが、実際の活躍の割には逆にそれほど多く時間は割かれていない印象があり、制作サイドとしても、江戸から明治という激動の時代に照準を定めていたと思います。去年に続き視聴率では苦戦したようですが、覚馬の示した愛国と徳富蘇峰が示した愛国、どちらの愛国が国民を幸せにするかなど、さまざまな角度から国というものを描いており自分の国を見つめなおす意味でいいドラマだったと思います。

  NHK大河ドラマ「八重の桜」

☆☆☆

2014年1月17日金曜日

「覇王の家」 司馬遼太郎 著

 徳川幕府の祖、徳川家康を主人公とした小説。天下をとった徳川家康を一般的な英雄という解釈ではなく、よく言えば忠誠心が厚く利に踊らされず粘り強い三河の気質を最大限に利用すべく自分を律し時に豪胆に時に繊細に事を運び天下を取ったと、悪く言えば政治的な冒険は割け家臣の意思に迎合し、戦略的にも天下に欲を見せず地味に積み重ねていくことで天下が転がり込んできたといった論調で描かれています。ただ、織田信長の桶狭間のような派手な博打は打たなかったものの、織田、豊臣、武田、北条など自国より遥かに大きな国に挟まれて降服せず独立を守ること自体が非常な冒険であり、一見地味ですがその冒険で死ななかったことが最大の勝因であり、そこに隠された徳川家康の魅力・知略が小説でも描かれていると思います。

覇王の家

☆☆☆

2014年1月6日月曜日

映画 「のぼうの城」

 和田竜 原作の小説を映画化したもの。でくのぼうを略してのぼう様と領民から慕われていた成田長親率いる500人(領民合わせて3000人)が2万人の石田三成率いる天下の豊臣秀吉軍相手にろう城し、一歩も引かず防戦するというお話。
  テンポ良くコミカルタッチに話が進むので歴史好きでなくても笑いもあり迫力シーンもあり満足できる仕上がりです。しかしながら、城や戦場のシーンなどリアルで奥行き深い描写は歴史ファンには見応えがあり、満足度は高いと思います。
  個人的には、堅城=急峻な山城、石垣の平城というイメージがありましたが、その先入観を払拭してくれる水に浮かぶ土の平城が印象的でした。「忍の浮き城」と後世に呼ばれるだけの堅城ぶりを描写できていたと思います。

のぼうの城

☆☆☆☆

2013年6月11日火曜日

「楽毅」 宮城谷昌光 著

 中国戦国時代の武将。滅び行く中山国で忠義を尽くすも亡国の憂き目にあう。しかし、流浪の将であった楽毅を燕の昭王に破格の待遇で迎え、楽毅もその期待に応え小国の燕で大国の斉を滅亡寸前まで追い込んでいく。

 三国志の諸葛亮が尊敬した人物であり、諸葛亮が劉備に「息子が暗愚であれば、諸葛亮に蜀を継いで欲しい」と遺言されたように、楽毅も占領した斉の王に昭王から推戴される。楽毅も諸葛亮も固辞して受けなかったが、諸葛亮は蜀を託されるのではなく、楽毅と同様に大国である魏を滅ぼし魏の王に推戴されるのを固辞する姿を理想としていたかも知れませんね。
 あと、前半は中山国を滅ぼした趙の武霊王を中心に話が進み楽毅はやや影が薄くなる部分もありますが、あまりスポットライトが当たることのない武霊王を重点的に描かれていてなかなか面白かったです。

 

2013年5月9日木曜日

美作 津山城

 岡山県津山市の津山盆地中央に建つ平山城。
 天守閣は再建されていませんが、石垣などの遺構は比較的良く残っています。天守閣跡の石垣も綺麗に残っており天守閣の大きさがうかがい知れます。また、天守閣側に立つ備中櫓は再建されており、中を見学することができます。
 天守閣跡の石垣からは津山盆地が見渡せ、遠くから津山城を見ると3段、4段と積みあがった城壁は見るからに堅牢そうです。在りし日の津山城の写真を見ると壮大さに驚かされます。

☆☆☆☆



2013年4月19日金曜日

「香乱記」 宮城谷昌光 著

香乱記」 宮城谷昌光 著

戦国の六国が滅ぼされた秦の時代、旧斉の王族の流れを汲む田横が主人公。始皇帝死後の動乱の中、再興した斉の将軍として王を支え、動乱を勝ち抜いた項羽と劉邦といった勢力に簡単には迎合せず、小さい勢力ながら義のある国家を目指し奮闘していくというのが本筋です。
 率直な感想としては田横という人物と斉という国家のあり方というのは理想として理解はできるのですが、あまりにも出来過ぎた人格・能力のため、返って現実感に乏しく歴史上の人物というより空想上の国の人物のような印象をもってしまいます。歴史上の注目されていない人物に脚光を当てるのは、今までと違う視点で眺めることができ、歴史の見方が2次元から3次元に広がるような自分の中でその時代に深みを持たせることができるので基本的には好きなのですが、現実感に乏しい主人公の印象で歴史観もぼやけてしまい面白さも半減です。話しも全体的に間延びした印象もあり、ちょっと残念な作品でした。

2013年3月21日木曜日

「晏子」 宮城谷昌光 著

晏子」 宮城谷昌光 著

 春秋時代に斉の宰相となり晏子と尊称された晏嬰とその父 晏弱の2代にわたる物語で、前半は晏弱中心で、後半が晏嬰の話です。
 父晏弱の時代に晏氏の勢力が微小で子の晏嬰が宰相になれること自体が不思議でしたが、最後まで読んでみると納得できました。晏嬰が宰相になり得たのは、まず民、社稷を第一に考え私心なく行動するという信念を身の危険を顧みず貫き通したことで人々の信頼・尊敬を得たことが大きいとは思います。ただ、春秋末期という時代背景も見逃せません。春秋末期は、君主の権威(神秘性)が低下し臣下の権力が増していく途上であり、晏嬰が使えた3人の君主たちも臣下の力を抑えることに四苦八苦していました。君主にとっては晏嬰も例外ではなく辛辣な諫言をされた場合にも感情で晏嬰を罰することができなたったのは絶対的な権力者ではなくなっている証でもあり、最終的に宰相に抜擢したのも人々に人気があり野心の少ない晏嬰を宰相にすることで保身を図る意味も大きかったと思います。「晏子」ではその辺の時代の空気も読み取れるので春秋時代を知るという意味でも興味深く楽しめました。


2013年3月1日金曜日

「風林火山」 井上靖 著

風林火山」 井上靖 著
 戦国武将 武田信玄の軍師として活躍した山本勘助を主人公とした物語。基本的には武田信玄に仕官して川中島決戦までを描いています。NHK大河ドラマの原作でもあります。

 もともと山本勘助という人物の実在自体が疑問視されており、実在したとしてもほとんどのエピソードが伝説の類でしかありません。ただ、本作ではそのことを逆手にとって自由な山本勘助像、エピソードを作り出しています。自由といっても武田信玄をはじめとする歴史的事象に関しては忠実に描いており、軍略的な駆け引き描写もされています。ただ、やはり話の中心は勘助と由布姫であり、 勘助の由布姫への愛情・恋心がひときわ純粋に見えて軍師を主人公にしているとは思えない清清しいストーリーが印象的です。

 

2013年2月23日土曜日

「楚漢名臣列伝」 宮城谷昌光 著

楚漢名臣列伝」 宮城谷昌光 著

 秦末からの楚漢戦争に活躍した人物を取り上げた短編集です。それぞれバラバラに人物を紹介しているようで、1冊を前から順番に読んでいくと秦の滅亡から漢が興り基礎を固めるまでの大枠が理解できるよう書かれています。ただ、項羽と劉邦に関する知識もなく読むのは少し難しいかもしれません。
 特に楚漢の両陣営に属していない人物というのはあまり取り上げられないばかりか、歴史の事実は勝者側からの視点で書かれた書物が圧倒的に多く、敗者視点の事跡は歪められたり小さく描かれ埋没していしまいます。ただ、陳余や田横の人物伝を読むと、事跡の断片から時代の流れに逆行しているとは分かっていても己の信じたものを貫いた人物を掘り出し、ここまでイメージを覆した筆者の視点に驚かされました。美化しすぎている部分もあるでしょうが、歴史的な人物の真の評価は難しいもので、新たな視点が増えるという意味で新鮮です。